カタログで売るのは「結果」
わたし:
「お客さんはね、その商品が欲しくて大事な金を払うんじゃないぜ」
あなた:
「えっ、どういうこと?」
わたし:
「お客さんはね、その商品を買うことで得られる...
「結果」を手に入れるために、お金を払うんですよ」
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わたし:
「お客さんはね、その商品が欲しくて大事な金を払うんじゃないぜ」
あなた:
「えっ、どういうこと?」
わたし:
「お客さんはね、その商品を買うことで得られる...
「結果」を手に入れるために、お金を払うんですよ」
私の勤める花屋は古い市場の入り口にあります。その目の前に小さなスーパーの入り口があり、花のスタンドが置かれています。はっきり言ってスーパーの花のほうが安く感じます。あくまで感じです。本当は高い時もありますが、お客さんには一見わかりません。
市場は店が半分以上止めてしまい、閑散としています。ですが、とりあえず店はやれているのです。スーパーは週に3回もチラシをいれます。こちらは年2回です。それでもやれているのです。もちろん苦しいですよ。でも、食べていけるのです。これが、お話の中の高いのに何故売れるに、値するかはわかりませんが、お客さんから言われたことがあります。
花を飾るのは生活の潤いよね。タダ飾ってもね・・・
つまり、安いからユリ一本飾るのが、潤いじゃないと言われた時、やってて良かったと思いました。花はどこで買っても花です。でも、この小さな花屋で買うのこが、生活の潤いなのです。たぶん、お客さんはどこで買うことが自分にとっての理想なのかを、感じ取れるところで買うのだと思うのです。
今思えば、私がスーパーへ魚を買いに行くときは必ず頭の中に、できあがった料理が浮かんでいます。鮭のムニエルとかが浮かんだりして、その映像というか頭の中の写真がスーパーへ私を連れていくような感じです(ヘンな奴!)。チラシを見たときに、鮭の味噌鍋、石狩鍋みたいなものが出ていて、そっちの方が美味しそうと思ったら、即そのチラシのお店に足を運んでいたりします。上手く説明できませんが、私自身、生の鮭をみて買いたいと思うことが少ないので、ここで言う得られる結果にまさに反応しているのだと思います。消費者は本人が気が付いていないところで、そのものを買うというより、そのものを買ったらどうなるかを感じて行動をおこしてるのですね。買った時の喜び。つまりそれイコール買うことでえられるものだと思うので、その喜びみたいなものが分からない状態で商売をしていてはまるでダメということですね。
補足です。最後に書いた買ったときの喜びですが、例えば、鮭を買ったときだとすると、鮭を買った帰り道、頭の中で、今日のおかずはムニエルゥ~♪みたいな感じで、ちょっと生クリームを多めに入れてみようとか想像を膨らませて楽しんでいる感じの喜びです。勿論、作って、食べる瞬間も喜びですが。少し話しが横にそれてしまったかもしれません(汗)伝えたかったことは、鮭であればいかにムニエルを売るかそれとも生鮭をうるかっていうことなんだと思います。別にムニエルでなくても、鮭の美味しさが引き立つものってことです。それを上手く伝えれば、自然と生じ鮭は売れてしまうってことですよね?